2001年10月

10月11日(木) ソーイング・マッスィーン!

 私のミシンは、結婚するときに母が買ってくれたものだ。
 母は、家で洋裁の仕事をしていたので、ミシンメーカーの人とのつきあいがあり、「お買い物積み立て」をやっていたて、その満期のお金で買ってくれたのだ。
 私は、子供のころ裁縫仕事は好きだった。その頃は母の工業用(プロ用)ミシンを借りていろんなものを縫っていた。
 足踏み式で、ただまっすぐ、しかし速く縫えるシンプルなミシンで、現在、手で操作する電動ミシンを使う私と妹は母のミシンをなつかしむ。
 今日、私は、車のシートカバーを縫っていた。
 縫いながら考えたこと。
 子供が幼稚園に入園するとき、手提げ袋など一式は「母親手作りのこと」と耳にしたり読んだりしたことについて。
 これは、園側の「カウンターパンチ」ではないだろうか?
 見当はつかないが、もしかしたら、ミシンを持っていないお母さんだっているんじゃないの?そういう人は手でちくちく縫えと?それから、共働きで時間的余裕がない人とか、ただ単純に裁縫仕事がからきし苦手とかいう人にもこのオーダーはきっと嫌なものだろう。
 巷では完成品が売っているのだから、やむを得ない事情で作れない人は既製品でOKぐらいの柔軟性が必要だと思う。
 子供のためにミシンを買って、時間を作って縫ってという作業をするつもりのない人はお断り。というように聞こえるんですよ「母親手作りのこと」。
 などとぐるぐる考えつつも、後部座席だけ完成。
 明日は運転席と助手席だ。

10月10日(水) I love music.

 すごい雨だった。
 こんな日は家から一歩も出ずに過ごしたいものだが、犬にえさをやるために庭に出なければならない。
 防水パーカーを着てフードをかぶり、長靴をはいて犬小屋に向かった。
 のんちゃんは小屋の中でパタパタしっぽを振っていた。
 かんちゃんは律義にも小屋から出てきて雨に打たれている。雨が目に入ってしょぼしょぼさせている。
 「わざわざ出てこなくてもいいのに〜」と言いながらドッグフードを皿に入れた。
 そういえば、昨日家人が行ったイベントは、ジョン・レノン・トリビュートコンサートだったそうだ。奥田民生さんとか、和田唱くんなどが演奏したらしい。オノ・ヨーコさんがゲストで来日するはずだったのだが、テロの影響で来られなくなったそうだ。衛生中継で出演者とトークをした際「ニューヨークから引っ越して行く人が多い」と語ったとのこと。オノ・ヨーコさんはニューヨーク在住だ。
 夜中12時を回ったころ「迎えに来て」と電話が入った。
 一緒に行ったN尻さんとM田さんは、音楽を趣味にすることに奥さんが理解を示してくれないらしい。ギターのケースなんか蹴られてしまうそうだ。
 家人は「聞いていて涙が出そうになっちゃったよ」と笑いながら言っていた。
 そして、「青山さんはいいですよね〜」と2人に言われたそうだ。
 私の母も「音楽なんてキライ」と言っていたなあ。
 父は大学で声楽を専攻していて、卒業後、音楽教師になったのだが、コンサートのチケット代とか、顧問をしていた合唱部の練習に熱心すぎたりとか、母は不満で一杯だったのだ。
 で、自分の子供(私も妹)もいわゆる音楽を愛する人になったので、母はがっかりしたようだった。まあ、父ほど音楽に取り憑かれはしなかったので、私達への憂いは父に対するほどではなかった。
 母も、父と結婚するまでは音楽を愛していただろうに、と思うと悲しい。
 これは音楽に限ったことではないだろう。
 周りにいる人を不愉快にさせてまで入れ込んでしまっては、いけないと思う。
 同時に、自分とは違う趣味を否定してはいけない。
 そう思って私は家人のバンド活動には寛大でいるのですが、1度だけムッとしたことがある。
 「ミーティングがあるんだ。みんなPAに関してあまりにも無頓着だから少し認識を深める必要がある」というので、メンバーの誰かの家に集まって意見を交わすのかと思っていたら、居酒屋で酒を飲みながらだったと聞いて「それって飲み会じゃん」と思ったのだ。
 気の合う友人ができて楽しそうで私も嬉しいのだ。
 だから、堂々と「メンバーと遊ぶ」と言ってくれたまい!
 ギターに関しては、留守の間にじゃかじゃか不協和音を鳴らすくらいしかイタズラできませんので、心配しなでちょんまげ。
 
 

10月9日(火) Bullshit makes the grass grow green.

 家人はこの春くらいからロックバンド活動をしている。
 メンバーは、ネットで知りあった人たち。
 リーダーのN尻さんとは、本当に気があうらしく、練習以外でも交流を深め、楽しそうだ。
 今日は、埼玉のジョン・レノン博物館で催されるイベントにN尻さんともう1人のお友達と出かけて行った。
 N尻さんは、家人よりも若いがお子さんがふたりいる。
 先日、お子さんが入院されたらしい。しかし、今日のイベントには予定通り行くと言ってN尻さんは奥さんにこう言われたそうだ。
 「あなたは牛の糞よりも役に立たない」
 私はそれを聞いてとっさに標題のことわざを思い出して笑ってしまった。
 直訳は「牛糞は草を青々と繁らせる」だが、使い方はかなり違う。ひねりが入って「ウソも方便」という使い方をするらしい。

10月8日(月) 芸能界の筋

 SMAP×SMAPが再開した。
 ただし4人で。
 NHKの会長が「紅白出場については問題ない」と言ったそうで、私は驚いた。
 SASの桑田佳祐さんが演歌の大御所のモノマネをしたことが原因で翌年から紅白に出なくなってしまったのに、前科1犯のゴローちゃんはOKなの?
 基準がよくわからん。

10月7日(日) 聡明な女は料理がうまい

 マックユーザのMLで知りあったN田くんの家に遊びに行った。
 同じMLのメンバーのN村さんと6月に結婚したばかり。新婚旅行の写真や披露パーティのビデオを見せてもらうのだ。
 「新妻の手料理もよろしくね」
と、電話で言っておいた。そしたら、とてもおいしい料理がたくさん出た。
「おいしいおいしい」と食べながら電話で頼んだことを言ったら「そんなこと言ったの?」とO木くんに呆れられる。「くいしんぼだなあ」いいじゃんいいじゃん。
 それにしても、新妻のT美さんはデザインの才能はあるし、コンピュータには詳しいし、料理も上手だし、やりくり上手だし、すばらしい女性だ。
 刺繍の壁掛けやオブジェをあしらったフレーム、ウェディングパーティで身に付けたビーズのアクセサリーなど、みんな自分で作ったというから驚きだ。シフォンにレースの縁取りの長い長いヴェールも自分で縫ったと聞いて、心底から感嘆した。
 ブーケも、個人で制作している方をネットで探し、相場よりもうんと安く作ってもらったという。
 こんな人を奥さんにしたN田くんは女性を見る目がある!
 「あれ、終電は?」とO木くんに言われ時計を見ると、もうおいとましなくてはいけない時間になっていた。「大変!」と慌てて帰り支度を始めたら「駅まで送ってあげるよ」と、O木くんが言ってくれたのでお言葉に甘えて車で上野まで乗せてもらった。終電には余裕で間に合った。

10月6日(土) FireWorks

第70回土浦全国花火競技大会を見に、王子Bが来ることになった。
 地元民の家人が別件で留守なので私がアレンジするのだが、この街に住んで6年のにわか地元民は、ちゃんと案内できるか内心ひやひやしていた。
 花火の前に、2ヶ月遅れの王子Bのバースデープレゼントをデパートで買おう、ワイシャツなんかどう?と言っていた。が、イタリア料理店でランチを食べながら、「ザ・山手線」でもいいよ、なんちゃってね。と王子Bが言ったので、それにすることにした。1番欲しいものをもらった方がいいではないですか。私もGT3用のハンドルを買った。
 さて、いったん家に戻り、軽食と飲み物を用意して花火を見に出発!したものの、予定していた駐車場が満車でいつ停められるか見通しがたたない。
 あてもなく、土浦の市街地に入っていったら、雑居ビルの駐車場が「空車」だったのですかさずそこに停める。
 私は、朝、場所とりに出かけ、テープで囲ってきたのだが、もう時間も経っているから誰かがもう座ってるかもしれないし、そこまで進むのもめんどくさかったので、途中の橋の上で折りたたみいすを広げることにした。
 しかしそこは、去年家人がコーディネイトした場所から1キロ近く花火から遠ざかった場所で、花火は良く見えたが、遠いせいで迫力が足りなかった。
 「だんどりがイマイチでごめんね」と王子Bに謝る。「いいよ、そんなこと」と言ってくれたのでホッとした。
 帰り道は、少々渋滞したが去年の「ぴたりと動かない」状態よりはまし。
 ちょうど停っているときに花火があがったので「ラッキー」と見る。
 すると王子Bが
 「通り過ぎる人がみんな見てる。僕の顔になんかついてる?」と言った。
 「この車を見て『若いのにこんなのに乗って』って思ってるのよ」と答えた。
 王子Bが運転しているのは、白いメルセデス。私は右側に座っていました。

10月5日(金) ごめん

 不注意で、飼っている熱帯魚を4匹死なせてしまった。
 というか、私が殺してしまった。
 どういう経緯でそんなことになってしまったかというと、次の通りである。
 キッシング・グラミーとグッピー、ネオンテトラ2匹が白点病になった。
 こういう場合は、別の水槽に隔離して薬浴をさせる。治った個体もあれば残念ながら死んでしまったものもいた。
 もう気温も下がっているからヒーターが必要だな。と探したらすぐ見つかった。
 温度を28度に設定してOK。ではなかったのだ。私はサーモスタットを制御するためのセンサーを水中に入れるのを忘れたのだ。28度まで水温を上げようとヒーターはきちんと作動した。センサーは水槽の外にあるのに。その結果、どんどん水温は上がり、4匹とも茹だってしまった。
 キッシング・グラミーは買って来た頃よりだいぶ大きくなり、私と家人の目を楽しませてくれた存在だったので、私は悔やんだ。彼もがっかりした。
 原因が私の不注意で、しかもあまりにもむごい最期を与えてしまったので、私はダブルで悲しい。

10月4日(木) ユーミン

 灼けたアイドル
 カンナ8号線
 DESTINY
 LAUNDRY GATEの想い出
 中央フリーウェイ
 出さない手紙
 少しだけ片想い
 恋人と来ないで
 心ほどいて
 守ってあげたい
 VALENTINE'S RADIO
 卒業写真
 ビュッフェにて
 グループ
 夕涼み
 海を見ていた午後
 忘れないでね

 以上、この夏編集した私の「Yuming Summer」でした。

10月3日(水) 毛虫

 種を蒔いて育てたバジルに毛虫がとまっていた。
 と気がついたのは、数日前だったが、葉っぱを全部食い尽くし、姿が見えなくなっていた。
 洗濯物を干していて、毛虫発見!
 バジルの鉢のそばに生い茂っているパプリカに移動していた。
 うーむ。やるな。
 家人に「ここに毛虫がいるんだよ」と教えたら「ウチのおふくろだったら、パッと取ってこうしちゃうよ」と、地面につま先をぐりぐりする動作をした。
 害をなしたりよほど迷惑にならない限り、私は虫を殺すのがキライ。
 ただし、ゴキブリは別。
 葉っぱを食べてるだけだったら、ほっとこう。
 みずみずしく実りつつあるパプリカを食べるようだったら、野原に移動してもらおう。

10月2日(火) PIANO

 今日は、ヤマハのピアノ製作者のドキュメンタリーを見た。
 昭和40年代の話だ。
 音楽を心底愛している調律師の真摯な姿勢に感動した。
 当時、ヤマハのピアノはヨーロッパのピアノから100年遅れているという品質だったらしい。フォルテシモは響かず、ピアニシモは曇っている。
 「我が社のピアノはダメです」と、視察に来た社長の前に飛び出して言ったというからすごい。
 そして、その言葉を聞いて、すばらしいピアノをつくるためのプロジェクトを組み、全面パックアップした社長もすごい。
 調律師のM氏は単身ヨーロッパへ飛ばされ、来る日も来る日も調律の修業に励む。
 ある日「100年にひとりの天才」と称されたスヴャトスラフ・リヒテルが演奏するピアノを調律することになった。これはM氏の悲願でもあった。と同時に、不安になった。調律が気に入ったピアノしか触らないという気難しいリヒテル。
 M氏が精魂込めて調律したピアノを弾いて、リヒテルは言った。
 「音色は申し分ない。だが、弾き易過ぎる」
 M氏は悩んだ末、賭けに出た。鍵盤の下にあるフェルトの上の薄い紙を1枚抜いたのだ。これで微妙にタッチが固くなる。
 リヒテルは完璧に満足した。
 そして、M氏たちがつくるヤマハのピアノを愛した。
 ある年、「私のピアノをつくっているみなさんに、演奏を聴いてもらいたい」とリヒテルは申し出た。
 ヤマハ浜松工場の1日が終わり、作業服姿の人たちがホールへ向かう。
 座席はパイプ椅子。観客はみな作業服。
 100年にひとりといわれた天才は、そこで演奏した。
 リヒテルが奏でる美しい音楽に、涙を流す人もいたという。
 「素晴しい....」
 家人がうなった。私も感動のあまり涙が出た。
 ひとつのことに、真摯に取り組む人の姿は美しい。そして、人の心を打つ。
 
 
 

10月1日(月) PEARL

 テレビでジャニスのドキュメンタリーを見た。
 あまりにも純粋な人は、孤独になる。
 水清すぎて魚住まず、ということだろうか。

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