気持ちの整理


自分のためにこれを書きます。

ミラがいなくなって2日が過ぎた。
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帰って来なかった最初の夜の苦しさを、今でも思い出す。
灯を消した天井を見上げながら、さびしい風音だけを聞いていた。
心が血を流しているようだった。

飼っている猫に順番をつけるなんてひどいと思うけれど、正直なところ、
ミラはいつしか特別な猫になっていた。
もーう、可愛くて可愛くて、夜は夫と私の間に寝かせ、頭を撫で、
咽をゴロゴロ言わせ、「可愛いね」「可愛いんだよ、おまえ」と
いつまでも繰り返した。
灯を消した後は、私のわきの下にすっぽり収まって寝ていた。

ミラがわが家に来たのは去年の8月28日のことだ。
毎日仲良く遊んでいたというきょうだい猫と別れ、見知らぬ家(しかも
猫だけでなく犬までいる!)にひとりぽっちになったミラは、
部屋の隅っこで縮こまり、近寄るだれにも「シャーッ」と威嚇した。
だけど、私たちにも猫にも犬にもすぐに慣れて、我が物顔で家の中を
ちょこちょこと歩くようになった。

生後3ヶ月で膀胱炎になり、泌尿器が弱くて普通の餌ではだめなことが
わかったときは、正直まいったなあと思った一方で、ちゃんと理解して
療法食を与えられるわが家に来たのは運命だったと思った。

最初は夫にべったりだったのに、いつのまにか私にべったりの甘ったれ猫に
なっていた。
Macに向かっていると、よく胡座の中にすっぽりと収まっていたものだ。

そんな姿も、外で遊んで帰ってきたばかりのひなたの匂いも、やわらかい
毛並みの手触りも、見ることもかぐことも触ることもできない。

今ごろ、どこでどうしているのだろう?
ひとつだけ願ってやまないことは、つらい目に遭っていないようにということだ。
だれかにさらわれて、その家の猫になってしまっても、ミラがつらくないなら
それでいい。
どうか、どうか、虐待などされていませんように。

ミラがいなくなったのは、先週の土曜日だ。
その日、私は前日の草取りと自転車で外出した筋肉痛と疲労で、恥ずかしい話だが
午前中寝ていた。犬と猫に餌をやった後のことだ。
もし、疲れた体にむち打って草取りの続きをやっていたら、ミラはそばで遊んでいて、
姿を消すなんてことはなかったのではないか?
実際、金曜に草取りをやったときは、私のそばで遊んでいたのだ。
これは、罰?
ぐうたらな私にくだされた、罰なのですか?

神様、もし、とりかえしがつくなら、働き者になります。
どうか、どうか、ミラを私たちのもとへ帰してください。

日曜日、教会に行って祈った。

ミラがいた9ヶ月間は、夢のようだった。
あんなに可愛い猫と過ごせて、私たちは幸せだった。

ありがとう、ミラ。
さよなら、ミラ。

Posted: 月 - 5月 30, 2005 at 07:23 午後              

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