2000年4月

4月14日(木) 採用

 なんと、昨日面接に行ったNTT-MEから「採用」の連絡が来た。
 あまりの早さに驚いた。
 来週の月曜日から勤務することになった。
 王子Bからのメールは英文が混じるようになった。ビジネスセンターから送っているらしい。
 海の向こうにバカンスに行っても、私を忘れないでいてくれて嬉しい。こんなやさしさは、今の私をとても癒してくれる。
 王子B、ありがとう。

4月13日(水) 面接

 午後2時、面接に行く。
 採用されれば、家からだいぶ近いところだ。
 課長さんと、もうひとりの男性が面接してくれた。
 今、私は扶養に入っているのだが、できればこのまま扶養される身でいたい。と希望していたのだが、先方としてはフルタイムで毎日勤務してほしいらしい。そうすると扶養の条件にあてはまらなくなってしまう。
 ちょっと悩んだが、「ではそれでいいです。扶養は抜けます」と答えた。
 家人は「近い将来、扶養の制度がなくなるという話もあるからこだわらずに働いて欲しい」と言っていたので、さしたる問題はなさそうで、あとは私のやる気次第なのだ。
 帰宅してから話してみると案の定、「かまわないよ」という返事だった。
 あとは連絡待ちだ。

4月11日(火) 職探し

 研究室の秘書の仕事が3月いっぱいで終わりになった。
 先生は今年で退官で、役職をいっさい辞するので授業以外に大学に仕事がなくなるのだ。でもって、研究費から人件費を払うなら清貧な学生に、という話になったらしい。
 そういう訳で私は無職の身になってしまった。
 とりあえずハローワークに行ってみることにした。
 NTT-MEという会社が事務員を募集していたので、紹介状を書いてもらい面接の日取りを決めた。
 王子Bから、グァムで楽しんでいる様子を伝えるメールが届く。
 いいなあ、私も行きたいよ。南の楽園に!

4月10日(月) 海外からモバイル

 深夜、携帯のメール着信音が鳴って「誰だろう?」と出てみたら王子Bだった。
 「着いたよ!」と、持って行ったノートパソコンでメールを送ってくれたのだ。飛行機がとても揺れてコーヒーがこぼれた、とか、夏の熱気をすごく感じる。こういうところは親とではなく恋人と来たいものだ。などど書いてあった。
 

4月9日(日) 出発前に

 明日からグァム旅行に行く王子Bと逢った。
 彼は、旅行から帰ってから、おかあさまが経営する会社で働くことになった。
 夏休みは取るけれど、もう時間の自由がなくなる前にゆっくり旅行に行きましょうというコンセプトらしい。
 会社の方には内密で行くので灼けないと言っていた。

4月7日(金) お花見

 今日は、王子Bに招待されたお花見だ。
 王子Bのおかあさまが経営している会社があるビルの通りには桜並木があって、とてもきれいなのだそうだ。それで、親しい人を集めてガラス越しにお花見をするのが恒例になっているらしい。
 で、今年は私を呼んでくれたのである。
 午前中、八郷町のいちご農家に行って、朝摘みのいちごを買って手土産にした。
 電車に乗り、王子Bの住む街に着く。
 会社のみなさんにささっと挨拶をして、王子Bのおかあさまに紹介される。
 エレガントなスーツを着た、きれいな方だ。
 お花見は、そのおかあさまの社長室で行われた。応接セットのテーブルに、シャンパンとおつまみが並べられ、めいめいには白木の箱に入った彩りも美しいお弁当が配られた。
 大きなガラス窓にうつる夜桜は、とてもみごとで、たしかにこのロケーションはお花見にうってつけかもしれない。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、終電が早い私はおいとました。

4月6日(木) 退院

 外来に混じって、検査結果を聞く。
 結論として、手術はしないことになった。
 実家の両親に迎えにきてもらい、退院した。入院費を払ってもらってしまった。
 初めての入院は、「検査」だったから、だらだらとのんびりできてよかった。

4月5日(水) 検査

 さて今日が、今回の入院のメインイベント「検査」である。
 腰から脊髄に造影剤を注入し、写真を撮るのである。もちろん、お尻を出して膝を抱えて横たわっているまぬけな格好を撮るのではない。骨とか造影剤が写る、透過した写真を撮るのだ。
 検査室への持参品は、なぜか枕とタオル。呼びに来た看護婦さんに指示され、帰りに私が乗るであろうストレッチャーをがらがらと押して行く。セルフサービスなのだ。
 若い女医さんとエライ(たぶん)先生のふたりが待っていた。
 尾てい骨のあたりに注射針を打たれる。とてもデリケートな作業だそうなので、緊張してドキドキした。
 何枚か写真を撮り、今とてもデリケートな状態の私は、ストレッチャーに横たわって病室に戻った。
 やがて、脊髄に造影剤を注入されたショックもおさまり、体を起こしてのんびりしていた。私と同時に入院したとなりのベッドのご婦人(この方も私と同じ検査をする為の入院)も、ベッドのうえに座って、私とおしゃべりしながら足の指の手入れをしていた。そこへ、私達の主治医T医師がやってきた。

「あっ、爪なんか切ってる!」

T医師はこう続けた。「この検査をしたときは、なるべく体を動かさなくて済むようにってことで入院して頂いているんです。横になって安静にしてなきゃ、後で頭が痛くなったりとかするんですよ」
私と隣のご婦人は、そのことばを聞くなりマッハでふとんをかぶりベッドにスライディングするように滑り込んだ。やがて、おたがいに顔を見合わせ、大笑いした。

4月4日(火) 初めての経験

 今日から入院検査である。
 土浦に住んで、初めてタクシーに乗った。入院も初めてなので初めてづくしである。
 手続きをし、アナムネを取られ、部屋に案内された。
 6人部屋で、全員頚椎ヘルニアである。一番若いのが私だった。
 さっさとパジャマに着替えてベッドにもぐりこむ。
 ヒマなので王子Bに手紙を書いた。

4月2日(日) 平和な日曜日

 前日かなり遅くまではしゃいでいたので、ふたりしてぎりぎりまで寝ていた。
 定食屋でお昼とも朝ご飯ともつかない食事をして、お茶をしてバイバイした。

4月1日(土) 打ち上げ

 デザイン学校に行っていたA木くんの、卒業制作発表兼打ち上げがあった。
 A木くんは、王子Bのかつての同級生でもあったので、王子Bと一緒に行くことにしていた。開始は夕方だったので、昼間は王子Bの愛犬2匹と地元の公園で遊んだ。大型犬と超大型犬のコンビなので愛犬家の目を引き、何度も知らない人に話しかけられた。
 そろそろ行こうか、と王子Bと犬達と戻る。
 王子Bがしたくをしている間、私は近所の小さな公園のブランコを漕いでいた。
 やがて王子Bがやってきて、バスに乗り駅に向かう。
 王子Bが住む、今まで縁もゆかりもなかった街で、犬と遊んだり、バスに乗ったりしているのがとても不思議な気がした。
 A木くんの卒業作品は、映画。全部フラッシュで作ったという斬新なアイデアだそうだ。モノクロームのシュールなアニメで、ノスタルジーを誘う作品だった。
 集まったのは、私を入れて6人。
 たくさん飲んでたくさん食べて、たくさん話した。とても楽しかった。
 A木くんの彼女はMちゃんというのだが、彼はMちゃんをとても愛おしく思っているのが本当に伝わってきて驚いた。見せる顔が全然違うのだ。
 王子Bも「あいつがMちゃんと接するとき、すごく優しい顔になるでしょ。初めてそれを見たとき驚いたよ」と笑っていた。
 終電には間に合わないと予想していた私は、例によって王子Bとお泊まり。
 

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