大昔、私が学校を出て初めて勤めた会社で同期だったHさんの話を聞いてください。
超大口取引先の息子さんの彼は、私と他2名と本店営業部に配属になりました。
が。
なんとなーく、歯車が少しずつずれて「できない人」「使えない人」のレッテルを貼られてしまいました。
私は、それを傍で見ていておせっかいにも歯がゆくてたまりませんでした。
そうじゃないのに。
ある飲み会で、すっかり遅くなった私は、タクシー待ちの行列でぶんむくれていました。
というのも、当時、私の父は帰宅時間に超厳しくて、ある夜飲んで遅くに帰宅したら、ドアにチェーンがかかっていたことがあったくらいからなのです。
だったら、さっさと中座して帰れよってところなのですが、ついついお開きになるまでいちゃうんですよね。
自分の好き勝手で遅くなったくせに、不機嫌なんですから、若い女の子ってコワイです。
そのときHさんが、べろべろに酔っぱらって座り込んでるおじさんに近寄り、こう言ったのです。
「おじさん、ぼく、女の子と一緒なんだよね。順番代わってくれないかな?」
おじさんはニコニコ笑いながら、
「アハハ。女の子と一緒じゃ代わらない訳にはいかないなあ。いいよ」
Hさん、すごい!
私はもともとHさんが能無しでないことを知っていましたので、やっぱりね。と思いました。
で、ある日、仕事の最後に貴重品を金庫にしまう作業をしているとき(作業用エレベーターでキャスターつきのキャビネットを地下に降ろして金庫にしまうのです)、私は地下で荷物を待ちながらHさんに熱く語っていました。
「Hさん、毎日『イヤだ』って思いで頭がいっぱいでしょ?だから、覚えなくちゃいけないことが入る場所がないんだよ!」
そしたら、Hさんは困ったようにこう言いました。
「和田さん、声が大きい。上に聞こえちゃう」
ん?
見ると、Hさんは、1階と地下で通話をするインターフォンを指さしていました。
「なによーHさんたら!私、まじで話してたのに!もう知らない!」
プンプン怒る私を、Hさんは、あいまいに笑って見ていました。
そんな「できない子」と思われていたHさんでしたが、良家のお坊ちゃんっていいですね。
お見合いで、美人なお嫁さんをめとり、お子さんももうけましたよ。
その後何年も経ってから、ある送別会か何かの飲み会の席で私はHさんにこう言いました。
「Hさんてさ、私のこと好きだったでしょ?」
Hさんは素直にうなずきました。
「うん」
だって、Hさんができる人だって知ってるのは、私ぐらいだったもんね、会社では。