以前飼っていた猫「えーちゃん」がある日帰宅せず、元夫と私は毎日探し回った。張り紙をし、タウン紙に「探してます」の記事を載せてもらい、できる限りの手を尽くしたが、とうとう見つからなかった。
輪禍に遭ったのか、連れ去られたのか、知りたかったがそれもかなわなかった。
そしたら、残された「れいちゃん」の性格が変わったのである。
それまで、社交的なえーちゃんの陰にかくれるような臆病な猫だったのに、ひとことで言えば「愛嬌のある猫」に猫変したのです。
なんか、えーちゃんの性格が半分入ったみたいだった。
そんな神秘的霊的なことって現実にあるのか?と思ったけれど、私は元夫にそう言ってみた。
そしたら、かなり現実主義(だと私は思っている)な元夫はこう言ったのです。
「おれもそう思った」
れいちゃんは、おもしろく愛嬌をふりまき、私達に幸せな時間をもたらしてくれ、12年の生涯を閉じた。
その数年後、私達は始めて長毛種の猫を迎え入れた。
まるでディズニーのマリーみたいな猫は、ミンミと名付けられた。
美猫なうえ、性格も人懐こく来客みなに愛される猫となった。
その後、私は幼友達がネットにアップした三毛猫に一目惚れし、頼み込んでもらい受けた。
「ララちゃん」である。
ララちゃんは、ひとたび慣れた人にはなついたが、臆病な猫だった。
びっくりまなこが愛らしい、可愛い可愛い三毛猫だった。
私と元夫は、訳あってお別れすることになり、私は、かんちゃん(犬)とミンミ、ララちゃん、ルミの3匹の猫を連れて実家に戻った。
今年の1月、うっかり外に出してしまったララちゃんが帰宅しなかった。
私は、えーちゃんのときと同様、自分にできる限りの手を尽くして探した。
迷子札もつけてある、ワクチンも打ってある、避妊手術もしてある、と後悔材料がないことだけが救いだった。
やがて、ミンミの性格が変わった。
ララちゃんの性格が半分入ったみたいだった。
社交的だったのが臆病になり、鳴き方も鳴き声もちょっとララちゃんに似ている。
ララちゃんはウチが大好きだったから、よそが良くて帰らないということはないと思う。
だからもう、この世にはいないのかもしれない。
ララちゃんを待ち焦がれる私を神様が気の毒に思って、ララちゃんの魂を半分ミンミに入れてくれたのかもしれない。
れいちゃんも、えーちゃんの魂が半分入っておもしろい猫になったのかもしれない。
それは、待ちわびる飼い主を憐れに思った神様がくれた、ちょっとしたプレゼントなのではないだろうか。
ララちゃんが居なくなった数ヶ月後に、ルミが19歳の生涯を終えた。
後悔のないように愛したから、さびしくなったけれど悲しくはない。
妹は「ミンミは多頭飼いには向かない性格だと思うから、1匹で大切に飼ってあげて」と言う。
私も同感なので、ミンミが天寿をまっとうするまで、文字通り猫可愛がりするつもりである。
昔に比べて、切り花に対する姿勢が変わった。
若い頃は、花より団子で、綺麗なお花をもらっても、花瓶にじゃーっと水を入れて、無造作に「ぼすっ!」と差したきり、というワタクシでございました。
水に浸かっている葉っぱは腐るし、少しずつ花がしおれてきても、最後にまとめて捨てるまで放置、という、めっちゃがさつな扱いをしていました。
今は、こまめに水を換え、漂白剤をちょっとたらし、その都度、茎も数ミリ切るという、人格が変わったような丁寧な接し方をしています。
この薔薇は、母の誕生日(1月16日)に買った黒薔薇。
バッカラっていうのかな?
少し花びらの端がしおれたので、その部分だけ取り去りました。
今は、玄関に置いてあるのですが、隣のカーネーションは、な、な、なんと、お正月用に母が買ってきたものです。
梅とかと一緒の花束に入っていたもので、私がカーネーションだけ抜き取って一輪挿しに飾りました。
傷んだ部分は捨て、緑色の輪ゴムで長い1本に巻いて留めてあります。
これは、ララちゃんがいなくなって、すっかり抜け殻になってしまった私を勇気づけるために自分で、はなささらさんから買ったブーケ。
ピンクの薔薇が「ソウルメイト」という名前で、それに惹かれて。
まず、花瓶に活けました。
数日後、オアシスを使ってアレンジメントに作り直しました。
しばらく楽しみ、元気なコだけ残して、小さな花瓶に引っ越しました。
今現在。
このカーネーション、とっても素敵。調べてみたらミネルバという名前かも。
アルストロメリアが少しずつ花びらが散っているけど、ミネルバはまだまだ元気いっぱい。
観葉植物のグリーンもいいけど、やっぱりお花が部屋にあるといいです。
「色」があるものね。
サントリーが開発した、アプローズという名前の青い薔薇、いいなあ。
車で10分ほどのホテルのお花屋さんで買えるみたいなので、ララちゃんが帰ってきたら、思い切って買おうかな。
アプローズって「喝采」って意味なんだよね。
花言葉は「夢 叶う」か。
帰ってくることを願って、買っちゃおうかな。
一輪、3,150円もするんだけど(汗)。
私は、世の中の情勢を積極的に知ろうとしなくて、元・夫には本当〜にいろいろ教えてもらって助かった。
「ほめ殺し」の意味を教えてくれたのも彼だった。「ボールを置きに行く」の意味を教えてくれたのも彼だった。
でももうその便利な尊敬するふくろう博士とお別れしてしまったので、脳みそはつるつるになる一方である。
でも、アホなりに考えることはある。
アホだから、小学生並に幼稚でシンプルだけど。
私は、小さい頃から、政治家って権力はあるけど、実力と行動力はないんじゃないか?と思っていた。
難しい試験を受けて名門大学に入り難しい勉強をして卒業し、それをちゃんと活かしている人も中にはいるだろうけど、いばってるだけだと思っていた。
人徳がある人は一握りだろうと思っていた。
アルバイトだけれど、文部科学省の法律にちょっと触れたことがある。
たまげた。
カビが生えてる!と思った。なんか、明治時代から変わっていないのもあるらしい。
なんて非効率な!時代錯誤な!これを改正しないお役人て、バカ?と思った。
だから、規律・法律に精通していて、勇気があって、行動力があって、みなのためを思う、そういう政治家がいたらいいのになあ。
と思っていた。
そしたら、現れたよ、そういう政治家が。
橋下徹氏である。
法に詳しく(弁護士だからね)、若く(考え方がフレッシュ、体力もある)、勇気があり、清廉潔白で、みなのためを思っている。
出る杭は打たれる、のことわざ通り、じいさんたちは必死でまるでモグラ叩きのように叩きまくっているけど、負けずにがんばってほしいと思っている。
ふくろう博士は、どう思っているのかな。
元夫しか知らないことだが、私は食器が大好きだ。
出戻ったとき、母は「こんなに食器を持ってきて!」と怒ったが、どう考えても私が持ってきた食器の方がずっと趣味がいいと思う。
私が小学生のときに焼き魚が載っていた、いかにも「昭和でーす」といった皿はいい加減引退させたらどうかと思うのだが、なぜ、こんなにも私が持ってきた食器を拒むのか、ワカラナイ。
ちなみに昨日はすき焼きだったのですが、ロールストランドの小鉢をとんすい代わりにされましたが、もう慣れました。
しかし、ワイングラスはクリスタルじゃなきゃ許せない。
という訳で、元夫が使う分だけ残して、先日持ってきてもらった。
でも、食器戸棚は私の侵入不可エリアなので、自分の部屋に置くしかない、という結論に。
で、考えた収納法が、これ。
どうです?
カッコええでしょう。
今は、本棚の上に立てて置いてますが、まさか中にワイングラスが入っているなんて、主イエス様でも気がつかないだろう。
先日、アーティストの村上隆さんがtwitterで、こうつぶやいた。
明日、ジョブスの特番、NHKでやるんだぁ〜。みたいなぁ〜。録画、誰かしてくんないかなぁ。
私、フォローしていながら、村上隆さんがすごい高名な芸術家だとは知らなかったのです、恥ずかしながら。
で、@で「よかったらダビングしましょうか?」と送ったのですが、当然リプライなどあるはずもなく、ひつこい私は、カイカイキキで公開されているメールアドレスに「リプライは頂いておりませんが、本当にご所望でしたらお送りします」というメールを出しました。
そしたら、スタッフ?秘書?の方から、大変丁寧なメールを頂きました。
よろしくお願いします、と。
で、DVD-Rにダビングして、メモ程度の手紙を添えて送った。
「お役に立てれば幸いです。村上先生によろしくお伝えください」と。
ここで信じて欲しいのは、けして見返りとかお礼とかを期待していたのではないということです。
もしかしたら、日本のテレビが観られない状況にいらっしゃるのかな〜?ぐらいの気持ちで、純粋にただ純粋に「力になりたい」と思っただけなのです。
そしたら、今日、ものすごいプレゼントが届いて驚いてしまいました。
立派な画集。
お礼のカード。
それと、幻冬舎から出版されている芸術闘争論というご著書。
よくよく考えたら、こんな立派な会社があるのだし、優秀なスタッフ、仕事仲間など、頼める人はいくらでもいたはずです。
なのに、いちファンのバカみたいなメールを無視せずに心のこもった対応をしてくださり、こんなすばらしいプレゼントをしてくださいました。
やっぱ、一流の人はどこか違うわ。
つくづく、そう思いました。
そして、人の縁というのは、ほんとうに不思議なものだなあ、と思いました。
いろいろ思いだしながら。
遡れば、共通一次で第一志望に合格していたら、今の私は別の人生を歩いていたでしょう。
まあ、これは「縁」ではないですけど。
先日は、自分中心の考えをつぶやいたら、元夫の友達が、やさしく諭してくれて、私は目が覚めた。
その彼には、本当〜〜〜に感謝した。
元夫とは離婚しちゃったのに、心のこもったアドバイスをしてくれて、すっごくありがたいな、と思った。
そのとき、ひとの最高の宝は「友達」だ、と心から思った。
その友達は「縁」から生まれる。
私は「縁」に恵まれているな、と思った。
これは、神様が私にくれたギフトなのかもしれない。
今年の4月に、東芝のRD-BZ800というブルーレイレコーダーを買った。
型遅れだったので、安くなっていた。
まず、5月14日、リモコン交換。
ボタンが筐体とフラットになっているなあ、と思ってカスタマーセンターに電話。
サービスマンが来て、今のリモコンはネジどめではなく開けられないように閉じているので、なんらかの衝撃で筐体が少し開いて、結果ボタンと平行になってしまった、と。そりゃ、1度も落としてないとは言わないけど…と思っていたら、
「本当は有償になりますが、お買い上げ頂いたばかりなので特別に無償で交換します」
と、新しいのと交換してくれた。嬉しかった。
そしたら、6月、ディスクドライブが逝ってしまった。
どんなディスクを入れても認識しないのである。
これは、ものの30分でまるっとディスクユニットごと交換すると知っていたので、さくさくと交換してもらった。
そして1ヶ月も経たないうちに、またディスクドライブ昇天。
カスタマーセンターに電話した後、雑談として元夫に話したら、
「2度も壊れるなんて、交換を申し出た方がいいよ」
とアドバイスしてくれたので、もう一度カスタマーセンターに電話して話したら、
「上のものと相談いたします」
という回答をもらった。
そして、7月7日、同機種の新品と交換してもらった。
新品は嬉しいが、1TBのHDDに満タンに入っているテレビ番組や映画とおさらばしなくてはならなかった。
そして先日、フジロックフェスティバルを録画するために、フジテレビネクストに加入した。
スカパー!e2で観られると思っていたけれど、別途加入が必要だと放送が始まってから知って、急いで電話にて加入。
10分後には映るようになった。
そこで、私は、直接録画ボタンを押したのですが、5時間ほどの番組が終わったときに停止ボタンを押すのを忘れて寝てしまった。
朝起きて気づいて、10時間も録画されてるのでびっくりし、あわてて停止ボタンを押した。
フジロックフェスは、ちゃんと録画されていた。
番組がすっかり終わったあとの、ジングル?でチャプターを切り、不要な後半を削除した。
そしたら、残ったフジロックフェスの画面がすべて真っ黒になってしまったのです。
おかし過ぎるでしょ。
で、カスタマーセンターに電話したら、電源コンセントを抜いてしばらく放電した後、工場出荷の状態に戻せば復元するかもしれない、という回答をもらった。
わざわざ有料チャンネルに加入して録画したものがおじゃんになるなんて、困る。と私は言った。
だから、もう、別の型番のものに交換して欲しい、と。
そしたら、とりあえず、修理担当者を寄越すので、その上でまた検討するとのことだった。
元夫は、もう何もいじらないでサービスマンを待った方がいい、とアドバイスしてくれた。なるほど。たしかにその方がいいかも。
当日、私はサービスマンが来るという時間の1時間前に電源コンセントを抜いておいた。
で、サービスマンが工場出荷の状態に戻してみたが、フジロックフェスは真っ黒のままだった。
私はサービスマンに言った。
「私は、RDシリーズが大好きです。DVDレコーダーを使い始めてからずっとRDシリーズで、これは4代目です。これからも使っていこうと思っています。でも、BZ-800は困ります」
と。
サービスマンは、少し時間をください。と言って帰っていった。
かなり待つだろうな、と思っていたら、1週間で「今から新しいのをお持ちします」と持ってきちゃったよ、今日。東芝RD-BZ810。後継機種だね。
テレビ番組はほとんど観たけど、映画が手つかず。66本。
でも今までのよりも新しい機種と交換してくれるんだから、しかたないか。と思っていたら、な、な、なんと、1TB満タンに近いBZ-800を1〜2週間置いていってもいいですよ、と言ってくれたのです!
びっくり。
ありがとうございます、助かります。と言って、空の箱を持ったサービスマンに深々とお辞儀をして見送った。
親切だなあ、東芝。
とりあえず、新しい方を使い始めることにして、古い方はHDMIケーブルを差し替えるだけでHDDを観られるので、録画をしていない時間を利用して、観たり、ダビングしたりしようと思う。
今度こそ、無事是名馬のように、故障しないで働いてもらいたい。
8月5日に、強引に成犬を飼うことにした。
避妊している雌犬、7歳。
父は、すぐさま解き放て!と怒号し、私が犬にしがみついていると、「その犬と出て行け!」と、裸足で追いだした。
靴だけは履かせて!と靴だけ履かせてもらい、犬を車に乗せて私は役場に行き、犬の登録をし、「当座の荷物を取りに行かせてほしい」と家に電話したら、父は
「その犬を連れて帰ってきなさい」
と言ってくれた。
そして、テオドア愛称てんちゃんは、わが家の一員になった。
外飼いで、ほとんど散歩にも行っていなかったようだ。
てんちゃんは、とにかく飢えていた。
食べ物にも、愛情にも。
かんちゃん(去勢していないオス犬、13歳)は、良く言えば優しくて、悪く言えば弱虫なので、てんちゃんに「どうぞどうぞ」といった感じで、遠慮しているようだった。
いけない。
これではいけない。
と思ったが、人間の都合を押し付けてはいけない。
彼らのペースでゆっくりと。
とりあえず、何をするにもかんちゃんを優先し、それをてんちゃんにわからせるようにした。
てんちゃんはかなり賢く、それはほどなく理解したようだった。
ただ、たまに理性が負けてしまうことがあり、同じものを近い距離で食べていると心が焦りに焦って、かんちゃんを襲うことがあった。
あの食べ物も、あたしのもの!と思ってしまったのだろう。
困ったなあ、と思いながらも、私は待った。
てんちゃんが、私達の愛情を信じてくれるのを。
そしたら、最近、かんちゃんに歩み寄るというか、敬うというか、望んでいた形が実現しつつある。
そのことを母と話していたら、母はこう言ったのです。
「衣食足りて礼節を知るってやつだね」
なるほど。
もう、あくせくしなくても、この人たちは公平に与えてくれるから、とわかってくれたのだろう。
ポエングで寝ているところを起こして、降ろして、そこにかんちゃんを寝かせても怒らない。
素直に、自分のベッドに行く。
ありがとう、てんちゃん。
わかってくれて。
今のところ、一番はかんちゃんだけど、きみのことも一生大切に愛するからね。
結局、元気(にみえた)のは、一昨日だけだった。
一昨日の夜、やるべきこともあったし眠くならなかったので、起きていたら、4時頃、意味もなく涙がこぼれはじめた。
まるで、自分の機能が壊れたみたいに。
ぽろぽろぽろぽろ、私は、ボーダと涙した。
その日は、ちょっとやっかいな問題で(離婚関係ではないです)弁護士さんと会うことになっていて、月も変わってお薬も変えてもらったりたくさん出してもらえたりするので、いちかばちかで、面談の前にメンタルクリニックに行ってみることにした。
6時前に家を出、高速道路を使って、7時前に病院に着いたらびっくり。
閉まっている(当然か)門の前に、待っている車がずらーっ。
待っている間に眠ってしまい、後ろの車にクラクションで起こされ、受付をしたら、14番め。7時前で、14番めか…。
幸いにも、10時半の約束の時間に間に合うまでに診察が終わり、お薬ももらえた(タダではない)。
そして、弁護士さんの事務所に行き(ひとりで行ったのが初めてだったので迷って10分遅刻)、用事が済んだら、元夫が納豆スパゲッティをふるまってくれるという。すでに、自分の分をつくり終えているのに、これから私の分をつくってくれると。ありがたく頂くことにし、なつかしい家に向かった。
メルはまだ私を覚えていてくれた。
納豆スパゲッティはおいしかった。
こんなものまでつくれるようになったんだ。
彼は、どんどん未来に向かって進んでいる。
寝ていないことを告げると、少し休んでいくことを勧めてくれたが、がんばってさっさと帰った方がましのような気がしたので、元夫が用足しに出かけるのと同時に帰ることにした。
しかし、帰り道、また泣けてきたのです。
家に返っても「ただいま」も言わず、部屋にこもって泣いていました。
母は、最近ほとんど食べない私のため(だと思う)に、好物のカレーをつくってくれていましたが、食べられませんでした。
涙がとまらないうえに、なぜか、舌が燃えるようにしびれるように痛くなり、氷を口に入れていないとがまんできないほどになってしまったのです。
そうして泣きながら、7時前にポエングで眠ってしまいました。
目を覚ましたのが夜中の1時。
ベッドで寝ていないし、1時から起きているしで、体はもうなんだかよくわからない状態です。
また、ときどき泣くし。
それでも、ミンミにオシッコをされたかばんなどを洗い、干し、母がヨガに出かけた後、リビングにクイックルワイパーをかけ、玄関を掃き、家の前のノウゼンカズラの花がらを掃きました。
あれですよね。
何かしていた方が気が紛れるってやつ。
ほんとは5ヶ所ぐらい電話をかけなくちゃいけないんですけど、今、人と会話をしたくない。
手紙やカードも数通書かなくちゃならない。
でも、体力が限界になってきたかも。
少し横になります。
まったくもって、制御不能です。てか、病気か。
うだうだ、ずるずる、たらんこたらんこしていたツケが回ってきて(自業自得)、怒濤のイキオイでレシートを家計簿ソフトに打ち込まなければならなくなった。
テンキー、欲しいかも。
自分でもこんな突貫工事をやる羽目になるとは思っていなかったので、ネットショッピングじゃ間に合わない。
どれ、ケーズデンキに行ってくっか。
と、行ってみたら、ケーズオンラインでは600円台で買えるヤーツが1,980円(だったかな?)もすんの!!
MacBookが白いから、白いの、と思ってたけど、そんなに値段が違うなら黒でいいっす。
と、黒いヤーツを買いました。
ついでに通りがかりに目に入った、超好みのマウスパッドもお買い上げ。
贅沢かな、と思ったけど、こういうは見つけたときに買わないとダメだ、とふくろう博士が常々言っていたので買った。
それから、データ用のメディアも広告の品になっていて通常価格よりも600円も安くなっていたので、50枚入りスピンドルをお買い上げ。
帰宅し、テンキーも無事認識し、マウスパッドを敷いてみてびっくり!
今まで使ってたのと、全然反応とか感触が違う!
うーん。
ずいぶん長いこと使って、ツルツルになっていたらしい。
やっぱり買ってよかった。
やっぱりたまには外に出て、リアル店舗をのぞくのもいいな、と思いました。
テンキーは、白いのをやっぱりケーズオンラインで注文しちゃいました。
今日買ったヤーツは、1回しか使ってません。と、ヤフオクに出そう。
保証書もついてるし。
そんなにしょっちゅう数字を連打したりはしないけど、いつなんどき、データ入力の内職とか始めたりするかわからないしね。
さて、入力すっか。
実家に戻って、そろそろ半年。
どんどん、心身ともに病んでいってると、ツイートや日記をお読み頂いている方々は思っておられるでしょう。
その原因は、震災もあったけれども、前の家から荷物と一緒に「負」のオーラ(?)を持ってきたからかもしれないなあ、と思っていた。
幸い、いがみあったりせず(お互いの家族の心中はわからないけど)、必要があれば連絡を取り合い、助け合っていると思っている(まあ、私が頼みごとをする方が圧倒的に多いけど)。
で、さっき、テレビ東京の「ウヒャウヒャ健康法」を観て、自分がなんでこんなに病み進んでいるのかわかったような気がした。
笑ってないのだ。
今日、調子の悪いREGZAレコーダーを新品に交換してもらった(東芝さん、ありがとう)。
1TBのHDDは満タンだった。
中学に上がってから、夜7時以降にテレビを観ることを禁止されてしまったので、私は、とりあえずテレビのスイッチを入れる、という習慣(?)がない。
結婚してた間は、仕事から帰っても、無音の中、家事をしたりしていた。
職業婦人引退後も、当然、自分からテレビのスイッチは入れなかった。
で、元夫が帰宅すると「プチン」とテレビのスイッチを入れる。
ああ、現代人って、普通こうなんだ。と思いましたね。
で、離婚して実家に戻り、一応テレビとレコーダーは揃えたものの、録画しても観ねえのなんのって。
まあ、体調やなんやかんやで観る気が起こらないことが多かった、というのもありますが。
前の家で暮らしていたときは「さあ、観るよ!」と、元夫が率先しておもしろい番組を録画して観ようと言ってくれた。
私は、笑った。笑った。笑った。
元夫に「絶対、両隣3軒には聞こえてる」と言われた、でっかい笑い声で。
何度ちびったか数え切れない。
笑いすぎて涙が出た事もあるし、お腹が痛くなったこともある(腹の皮がよじれるほどってことね)。
その「笑い」を上回る悩み事が増えて、かなりストレスは増えたけれども、ちびっちゃうほど笑っていたおかげか、なんとか夫が離婚を切り出すまで持ちこたえられたのかもしれない。
この家に戻って買ったREGZAレコーダーは、使わない私にすねたのか、すこぶる不調で、新品のレコーダーと交換ということになり、何本か慌てて録画した番組を観た。
笑った。たしかに。
でも、ひとりだとつまらない。
元夫は「いいときもあったよ。でも、(私に)未練はまったくないから」という。
私は、彼の気持ちを尊重したいと思っている。
だから、もう一回一緒に暮らそうよ、とは言わない。言えない。
でも、もう一度、あの部屋に寝転がって、お下劣な番組を観てちびっちゃうほど笑いたい、と思う。
とりあえず、ひとりで、心の底から笑えるようになろう。